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伝説のヨーロッパ遠征から97年が経つようです。
昼間、図書館にその頃のことが書かれた資料を見に行きました。
アルゼンチンサッカーにおいて
近代サッカーの礎の伝説、すなわちアルゼンチンサッカーの起源は
1920年代にあり、
ドリブル多用の攻め方や
インナーフォワード、ウイングフォワードなどのポジションの対比、
独特のボールタッチの多いボールコントロールの仕方などに加え、
曲芸じみた技、オーバーヘッドやダイビングヘッドを
世界で初めて編み出したのもアルゼンチン人で
ペドロ・カロミロ(ボカで活躍した選手)が前者を
パロモ・バルトルッチ(ウラカンやティグレで活躍した選手)が
後者を編み出したという伝説がある。
そしてヨーロッパ側が大きく認識を変えたきっかけは
1925年のボカ・ジュニアーズの有名なヨーロッパ遠征とともに訪れた。
ボカの選手のエレガントな動き、
巧みなボールコントロール、
ドリブルの多用、
サーカスのような一目見て楽しい見事な動きに
ヨーロッパの人々は驚いた。
ボカの選手は体格と球際の強さに多少劣っていても
勝つことができることを示したのである。
キック・アンド・ラッシュと比較して
アルゼンチン流のサッカーは2つの長所を備えていた。
プレーのスピードに変化をつけることができること
と
ボールをキープする際に後ろ向きでプレーする際も
ボールコントロールの質が高いこと
である。
1925年のアルゼンチンのクラブとしては初めてのヨーロッパ遠征は
19試合で15勝1分け負けはわずかに3だった。
アルゼンチンサッカーがいかに優れているかを示すのには十分な結果だった。
Tu bandera azul y oro
En Europa tremoló
Como enseña vencedora
Donde quiera que luchó
青と黄色の旗がはためく時
ヨーロッパは震撼し
どこで誰と戦ったとしても
勝利者であることはこうして伝えられる
多分そんなような意味だと思うんですが
ボカのチームソングの歌詞にも
1925年にヨーロッパが震撼したことが
採用されています。
もっといえばこれはプロでも行ける
という決め手になったのかもしれません。
ヨーロッパ遠征では19試合も行っているんですよ。
これは2000年ごろの前期・後期リーグと
何ら変わらないじゃないですか。
そして19戦15勝1分け3敗なら
現代のアルゼンチンリーグでも優勝できる成績ですよ。
というわけで今回は
メダル・オブ・オナー
ヨーロッパ激震97周年というはなしでした。
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